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みんな違って、それがすばらしい

そんなことを最近思います。

人はそれぞれある一定の価値基準を持っている。
それは、座標軸+原点位置+正方向の向きで
構成されているのではないかと思うのです。

たとえば、
軸:勉強
原点位置:中学校卒業程度
正方向:一般に言われている方向
とか。

軸については、人によって大切な度合いが違うと思います。
勉強に重きを置く人もいれば、
生活習慣に置く人もいる。
他にも、スポーツとか、うたうこととか、外出度合いとか、
社会的名誉だとか。

同じ軸を持っているわけでもなくて。
似たような軸を「同じ」とみなして価値観のすりよせが行われるわけです。
相互理解には必要なことだと思います。

相手の価値観がどんなものであるかということを
自分の価値観と照らし合わせて理解する。
そういうことだと思います。

原点位置は、まぁ、理想の高さとかそういうものかな。
50mを10秒で走れたら(軸:50m走、原点位置:10秒、正方向:10秒より短い)
私はすごいと思うのですが、
そう思わない人もいっぱいいるでしょう。

正方向は、たとえば先の50m走に関しては、
多くの人が時間の短い方向に正方向をとることに
同意してくれるのではないかと。

正方向が多くの人で一致するものは、
「普遍的な価値を持つ」ものなのでしょう。

たとえば、「フツウ」というものは、
多くの人が持っている(似たような)「軸」について
原点位置を、多数の人が原点位置に取っているらしい周辺にとり、
正方向を多数派の方向に向けた価値観ではないかと思うのです。

で。
みんなちがって、それがすばらしい話になるわけですが。

ここで、ちょっとお出かけしてこようと思うので
その話はまた後日。

自分でコメントしておくと、
軸という一次元物を対象にして、方向を2通りに定めてしまうのは、
価値観の認識を狭めてしまうことになる気もします。

考える上でのとあるマッピングとして考えれば、
それもありかなぁと思うことにします。

そう思っていただければ幸いです。
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